御朱印
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2022.10.17【 化野念仏寺 】京都市右京区嵯峨鳥居本化野町17
寺伝では空海が小倉山寄りを金剛界、曼荼羅山寄りを胎蔵界と見立てて千体の石仏を埋め、中間を流れる川の河原に五智如来の石仏を立て、一宇を建立し五智如来寺と称したのが始まりと伝えられている。
その後法然上人の常念仏道場となり、華西山東漸院念仏寺と称し浄土宗に属している。 |
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2022.6.22【 竹の寺「 地蔵院 」】京都市西京区山田北ノ町23
室町幕府管領の細川頼之が宗鏡禅師を招いて建立した臨済禅の寺院。
勧請開山は夢窓国師で、一休禅師が幼少時を過ごした寺として知られており、境内が広く竹林で覆われていることから竹の寺とも称される。
また珍しいハート型の窓「猪目窓」が公開されている。 |
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2022.6.22【 善峯寺 】京都市西京区大原野小塩町1372
長元2年に源算上人が創建した寺院。
徳川五代将軍綱吉の母「桂昌院」縁の寺で、山の中腹に位置する境内は約3万坪の広大な敷地を有し、京都随一の眺望と四季折々の花や樹木を楽しむことができる。 |
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2022.6.16【 柳谷観音「 楊谷寺 」】長岡京市浄土谷堂ノ谷2
清水寺を開山された第一世延鎮僧都により開創。京都・西山三山「楊谷寺・善峯寺・光明寺」のひとつに数えられている柳谷観音「楊谷寺」
柳谷観音として親しまれ、眼病平癒の祈願所として天皇家公家の方々を初め、人々の厚い信仰により1200年経った今も変わらず息づく。 |
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2021.11.5【 恭仁神社 】木津川市加茂町西宮ノ東35
古くは天神社といい、天津命をお祀りし『天神さん』として崇拝されていた。
菅原道真公がお亡くなりになってから、公に縁の神社及び多くの天神社同様に天神社天満宮として御霊をお祀りするようになった。
恭仁神社の名称は、昭和40年に恭仁京跡地に鎮座していた御霊神社の御祭神をここに合祭した際に天満宮から改称され現在に至っている。 |
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2021.5.17【 古知谷阿弥陀寺 】京都市左京区大原古知平町83
弾誓上人が開基された如法念佛の道場。
上人が入定される一年前に当時修行中の僧らに頼んで掘らせた巌窟があり、上人が石龕に生きながら入られ、端座合掌の姿勢「ミイラ佛」で安置されている。
また江戸時代から紅葉の名所として知られ、天然記念物の樹齢800年以上の楓を含む参道が赤く色づく様は壮観です。 |
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2020.9.28【 鹿王院 】京都市右京区嵯峨北堀町24
鹿王院は足利義満が建立した宝幢寺という寺の塔頭。
宝幢寺は応仁の乱で廃絶し、その後は開山の塔頭であった鹿王院のみが残って寺籍を継いでいる。 |
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2020.9.28【 芸能神社 】京都市右京区嵯峨朝日町23
車折神社境内の中にある芸能神社。祀られているのは天宇受売命で、天照大御神が須佐之男命の乱暴な行いを悲しまれて、天岩戸にお隠れになった時、天岩戸から出て下さるよう神楽舞を踊った神様と伝えられ、その故事に基づき芸能上達の神として関係者から祟敬を集めている。
そのため、境内には芸能に関係する著名人の名前が記された玉垣で埋め尽くされており、圧巻の光景となっている。 |
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2020.9.28【 車折神社 】京都市右京区嵯峨朝日町23
社名の由来は後嵯峨天皇の牛車の引棒が社前で折れたことに由来と伝えられている。金運・良縁・学業の神で、参詣者は祈念神石を社務所で授かり、祈願成就のとき倍にして返す習わしになっている。 |
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2020.9.28【 斎宮神社 】京都市右京区嵯峨野宮ノ元町32-1
斎宮神社は三条通りに面している神社で、木製の神明鳥居が特徴。
厄除け開運・婦女子の血の道の守護のご利益がある。 |
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